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宮崎地方裁判所延岡支部 平成元年(ワ)41号 判決 1991年1月22日

原告

深草亮子

被告

木之下隆俊

ほか二名

主文

一  被告木之下隆俊及び同株式会社エフピコは、原告に対し、各自、金一一三三万二三〇六円及びこれに対する昭和六二年二月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告住友海上火災保険株式会社は、被告株式会社エフピコに対する本件訴訟の判決が確定したときは、原告に対し、金一一三三万二三〇六円及びこれに対する右確定の日から支払済みに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを四分しその三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告木之下隆俊及び同株式会社エフピコは、原告に対し、連帯して、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六二年二月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告住友海上火災保険株式会社は、被告株式会社エフピコに対する本件訴訟の判決が確定したときは、原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する右確定の日から支払済みに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車を運転中、追突事故を受けて負傷した運転者が、加害車両の運転者及びその運行供用者に対し、事故による損害賠償金の支払い並びに本件訴訟における鑑定に応ずるために支出した費用の支払を求めるとともに、被告株式会社エフピコ(以下「被告エフピコ」という。)との間で自家用自動車保険約款(PAP)に基づく自動車保険を締結していた被告住友海上火災保険株式会社(以下「被告住友」という。)に対し、同約款一章六条の規定による損害賠償額の支払いを求めた事案である。

一  (争いのない事実)

被告木之下隆俊(以下「被告木之下」という。)は、昭和六二月二月二七日午後一〇時五分頃、宮崎県東臼杵郡門川町大字門川尾末九二九二番地先路上において、被告エフピコが所有し、その運行の用に供する自家用普通乗用自動車(福山五六ま二〇六)を運転して走行中、前方不注視により、前方停車中のバス待ちのため徐行中の原告運転の自家用乗用自動車(宮崎五七て五五三四)の後部に自車を追突させた(以下「本件事故」という。)。

二  (争点)

被告らは、本件事故と原告の症状との間の因果関係、症状固定の時期及び損害額を争うほか、原告の体質的素因の競合を主張し、また、被告住友は、原告に対して、損害賠償義務を負わないと主張する。

第三争点に対する判断

一  事故と原告の症状との因果関係

1  原告の受傷と治療経過

(一) 甲第二号証、第三号証、第四号証の一ないし九、第七号証の一ないし一三、第八号証の一ないし四、第九号証の一ないし三、第一三号証の一ないし七、第一四号証の一、二、証人前田文夫及び同甲斐允雄の各証言、鑑定人高岸直人及び同向野利彦の各鑑定及び証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 本件事故は、被告木之下が、時速約五〇キロメートルで自車を進行中、時速約二〇キロメートルで進行中の原告運転の車両に気付くのが遅れて、直前で急ブレーキを踏んだものの間に合わずに、自車の右前部を原告車両の左後部に衝突させたうえ、それだけでは止まらずに、原告車両の前に停車していたバスの後部に追突して停止したもので、この事故によつて、原告車両は、リヤーバンパーの左側部分が変形し、車体から外れる等の損傷を受けた。

(2) 原告は、被告木之下運転車両の追突を受けた際、運転席のシートに頭を強く打ちつけ、直後より首筋にシビレや痛みを感じた。

(3) 原告は、本件事故の翌日の昭和六二年二月二八日に甲斐整形外科医院を受診したが、この時点で、頸部痛、頸筋硬直、頸部運動機能障害等の症状があり、エツクス線写真検査での異常所見はなく、甲斐允雄医師によつて、頸椎捻挫と診断された。

(4) 原告は、その後、甲斐整形外科医院に昭和六二年三月四日から同年一二月一六日まで入院し、内服、注射、理学療法等の治療を受けたが、この間、エツクス線写真検査で、頸椎の第四、第五間で前屈の変化が見られ、吐き気、眩暈、不眠、頸部、後頭部疼痛、左上肢シビレ等の症状がみられ、退院後も、通院を継続している。

(5) 原告は、甲斐整形外科医院に入院中に視力の低下を訴えて、昭和六二年四月二三日、前田眼科医院を受診し、この時点で矯正視方の低下(矯正視力右〇・三、左〇・六)及び調節衰弱の症状がみられ、その後、調節性眼精疲労、視野の中心部比較暗点、視床周辺の網膜ビマン性混濁、調節衰弱の各症状が見られ、また、矯正視力は、同年一一月四日には、矯正視力が、右〇・七、左〇・八と改善が見られたが、昭和六三年始めから徐々に視力が悪化し始め、矯正視力が左右とも〇・二程度となつており、前田丈夫医師によつて、これらの各症状は、頭頸部外傷症候群によるものであると診断され、同医院に通院を継続している。

(6) 原告は、本件訴訟の鑑定のため、福岡大学病院整形外科へ、平成元年一〇月二〇日、同月二七日、同年一一月一日、同月八日、同年一二月一日にそれぞれ通院し、さらに同月四日から一二日までと平成二年一月五日から同月一八日まで入院し、また同じく鑑定のため平成元年一〇月から同二年二月までの間に六回にわたつて九州大学付属病院眼科に通院し、鑑定終了後も、福岡大学病院整形外科及び九州大学付属病院眼科にそれぞれ通院し、治療を受けている。

2  鑑定の結果

(一) 甲第一三号証の三ないし五、第二五号証、鑑定人高岸直人の鑑定及び証言によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告には、鑑定人高岸直人による鑑定時において、左上肢のシビレや疼痛、また、頭痛、頭重感、眼症状、眩暈、耳なり、悪心等の自覚症状があり、また、左上肢全体に筋の軽い萎縮、エツクス線写真検査で、頸椎の第四、第五間及び第五、第六間において、前屈及び後屈の両方の場合に頸椎のずれがそれぞれ認められた。

(2) 鑑定人高岸直人は、原告に対する理学的検査の結果、モーレイテスト左陽性、三分間テスト左陽性、過外転テスト左陽性、エデンテスト左陽性の検査結果を得たこと及び左上肢のシビレや疼痛の自覚症状から、原告に、左胸郭出口症候群の疾患がある疑いが強いと鑑定し、また、原告に頭痛、頭重感、眼症状、眩暈、耳なり、悪心等の自覚症状があり、星状神経節ブロツクを行うと、数日間、上肢脱力感、頭重感の消失、眼症状の軽快が見られたところから、原告に、バレリユー症候群の疾患が生じていると鑑定し、その他、エツクス線検査の所見により第四、第五間及び第五、第六間頸椎不安定症が生じており、左肩関節運動が外転、屈曲とも正常値より制限されていることから、左肩拘縮の疾患が生じていると鑑定した。

(3) 鑑定人高岸直人は、一般的に、原告のように首の長い女性は、胸郭出口症候群になりやすいが、原告にそのような体質的素因があつたところに、原告が、本件事故によつて頭部を強くシートに打ちつけたことから、前斜角筋や中斜角筋に損傷を受け、この衝撃によつて前斜角筋や中斜角筋の間を通つている神経叢や血管が挫折して胸郭出口症候群が生じた可能性が高いと判断した。

(4) 甲斐整形外科で昭和六二年六月二三日に行つたエツクス線写真検査では、頸椎の第四、第五間において、前屈の場合のみ頸椎のずれが生じていたが、鑑定時におけるエツクス線写真検査では、頸椎の第三、第四間及び第四第五間において、前屈及び後屈の両方の場合に頸椎のずれが生じていて頸椎の不安定症の症状が悪化しているが、鑑定人高岸直人は、原告には、もともと多少の頸椎の不安定症があつたが、原告が、本件事故に遭つて首を動かさなくなつて首の筋肉の力が落ち、骨の間を固定しているじん帯も固定力が弱まつたため、このように症状が悪化したものと判断した。

(5) 鑑定人高岸直人は、原告に、首が長く、また、多少の頸椎の不安定症があつたという素因に加えて、本件事故によつて頸椎が障害を受け、椎骨動脈に異常が起こり、右動脈と一緒に走つている第三頸椎ないし第六頸椎内に枝を出している交感神経にも異常が起こつてバレリユー症候群が生じたと判断した。

(6) また、左肩拘縮については、甲斐允雄医師の所見には、鑑定人高岸直人は、外傷後一年か二年たつてそれまで現れていなかつた拘縮の症状が現れることがあり、原告の場合は、肩の痛みがあり、痛みがあると動かすまいとするので関節が拘縮を起こしたものと判断した。

(二) 鑑定人高岸直人の鑑定に対し、被告らは、胸郭出口症候群は、血管造影法等の検査をしなければ正確な判定は困難であるから、原告に、左胸郭出口症候群が生じていると断定することはできないと主張し、これに沿う証拠として乙第二ないし第一二号証の井上久医師の論文を挙げる。

確かに、井上久医師の右論文は、理学的検査等のみによつて胸郭出口症候群の診断をすることに批判的な見解を採つているが、右見解が、必ずしも医学上の定説になつているとはいい難いし、乙第七号証によれば、井上久医師自身、血管造影検査により確定診断が可能となるが、検査の侵襲や副作用の危険性を考慮すれば、血管造影検査は、決して安易に行つてはならないものであるとも記述しているのであるから、鑑定人高岸直人が、血管造影等の検査を行わずに左胸郭出口症候群の診断を下したとしても、同鑑定人の鑑定結果に信用性がないとはいえず、さらに、同鑑定人は、理学的検査に加えて豊富な臨床経験から右診断をしており、したがつて、井上久医師の論文によつて、鑑定人高岸直人の鑑定結果ないし証言の信用性が左右されることにはならないというべきである。

(三) 甲第一五号証、第二三号証、鑑定人向野利彦の鑑定の結果及び証言によれば、次の事実が認められる。

(1) 鑑定人向野利彦の鑑定時において、遠見及び近見視力障害(遠見の矯正視力が、左右とも〇・二程度、近見の矯正視力が、左右とも〇・三程度)の症状があり、検眼鏡検査、中心フリツカー値、視野等の検査では、視神経・視路に関して、明らかな器質的障害を認めることはできなかつた。

(2) 鑑定人向野利彦は、調節近点・遠点を日をかえて各々一〇回以上測定して平均値を求めた結果、原告の調節力は、約一D(ジオクター)で、原告の年齢(鑑定時において三三歳)で通常期待される調節力六Dないし七Dに比べて低いことから、調節不全麻痺の症状があると鑑定し、また、薬物を投与して調節を麻痺させた状態で検出される屈折状態がマイナス六D程度であるのに比べて、薬物を投与しない状態での屈折がマイナス一一Dとより近視化していることから、調節痙攣の症状があると鑑定し、視神経・視路に関して、明らかな器質的障害を認めることはできなかつたことから、遠見及び近見視力障害の症状は、調節不全麻痺及び調節痙攣の調節障害にその原因があると鑑定した。

(3) そして、鑑定人向野利彦は、原告の病歴において本件事故以前に調節異常をきたすような症状の訴えがなく、本件事故後に矯正視力の低下及び調節障害の症状が生じていることから、これらの障害が、本件事故に基づいて発生したものであると判断した。

(4) 鑑定人向野利彦の臨床経験によれば、鞭打ち症で、眼科を受診する患者の大部分に調節機能の障害が認められ、統計上も、鞭打ち症で、眼科を受診する患者の中では、調節障害の症例が多い。

(四) 鑑定人向野利彦の鑑定結果に対し、被告らは、同鑑定においては、原告の調節力の低下が、本件事故と因果関係があるかについて、医学的根拠が明らかにされていないと主張する。

しかしながら、事故による外傷から調節障害に至る機序が明確になつていなかつたとしても、原告には事故以前に調節障害がなかつたと推定でき、事故後に調節障害が発生しているのであり、また、証人前田丈夫証言によれば、心因性の視力障害の場合には、検査データーにばらつきが出るのに、原告の場合検査データーが一定していることが認められ、さらには、頭頸部外傷後遺症の症状として調節障害の症例が多いのであるから、本件事故と原告の調節障害との間に因果関係が認められるとした鑑定人向野利彦の鑑定結果及び証言に信用性に欠ける点はないというべきである。

3  以上のとおり、本件事故における、物理的衝撃の強さ、原告の治療経過並びに鑑定結果に鑑みれば、本件事故と原告の各症状には、相当因果関係があると判断するべきである。

二  症状固定の時期

1  甲第二三号証、第二五号証によれば、原告のバレリユー症候群、左胸郭出口症候群、頸椎不安定症、左肩拘縮については、平成二年五月三一日、原告の調節不全麻痺及び調節痙攣については、平成二年三月二六日をもつて、それぞれほぼ症状固定していることが認められる。

2  証人甲斐允雄の証言中には、平成元年六月二七日の時点で原告の整形外科的症状が固定している旨の証言があるが、鑑定人高岸直人の鑑定及び証言によれば、右日時後に行われた交感神経ブロツク注射等の治療により、一時的ではあるが、原告の整形外科的症状について改善が見られたことが認められるから、右証言によつて、前記認定が左右されることはないというべきである。

三  損害額

1  治療費 合計金二〇万〇三九〇円

(一) 甲斐整形外科医院に対して原告が負うべき治療費のうち、平成二年四月分までの支払いを被告らにおいて支払済みであることは当事者間に争いがなく、それ以外に、甲斐整形外科医院に対して、原告が支払うべき治療費の存在を認めるに足る証拠はない。

(二) 甲第二四号証の一ないし二〇によれば、昭和六三年六月から平成二年三月分までに原告が、前田眼科医院に対して受診した治療費及び診断書代の合計が、金一〇万二三八〇円、平成二年四月分の治療費が金五〇八〇円、原告が、前田眼科医院に受診後に新規に購入したコンタクトレンズ代が、金六万〇八〇〇円となることが認められ、前記一のとおり、本件事故と原告の眼症状との間には因果関係があり、また、証人深草幸輝の証言によれば、前田丈夫医師から、原告の視力は眼鏡では矯正できないからコンタクトレンズを購入するように勧められて、新規にコンタクトレンズを購入したことが認められるから、右コンタクトレンズ代も本件事故と相当因果関係にある損害というべきである。

そして、前記二のとおり、原告の眼症状については、平成二年三月二六日をもつて、ほぼ症状固定していると認められるが、証人向野利彦の証言によれば、右症状固定も、症状改善の可能性が全くないというものではないことが認められるから、少なくとも、症状固定日に近接した平成二年四月分の治療費については、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

(三) 前記一1のとおり、原告は、鑑定人高岸直人の鑑定後も、福岡大学病院整形外科へ治療のために通院しているところ、甲第二二号証の六ないし一四によれば、原告は、平成二年二月一日から同年四月二五日までの間に、同病院に対して、治療費として金三万二一三〇円の支払いをしたことが認められる。

原告は、平成二年五月八日、同月二二日、同年六月一一日、同月一三日にも、福岡大学病院整形外科ないし九州大学付属病院に合計一万七八一五円の治療費を支払つたと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

2  通院交通費 金六〇万円

甲第八号証の一ないし四、第九号証の一ないし三、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六二年一二月一六日に甲斐整形外科医院を退院した後も、鑑定ないし治療のために福岡市に行つた以外の時は、ほぼ毎日同医院に通院し、また、月二回程度の割合で、前田眼科医院に通院していること、通院の手段は、原告の親族の運転する車か、タクシーを利用していることが認められ、右事実によれば、本件事故と相当因果関係にある通院交通費は、昭和六二年一二月一七日から最終的な症状固定日である平成二年五月三一日までの三〇か月間で、毎月金二万円程度、合計金六〇万円とするのが相当である。

なお、原告は、福岡大学病院及び九州大学付属病院での治療のための交通費、宿泊費、付添い費等も求めているが、右各病院で原告が受けている交感神経ブロツク注射、筋力増強訓練、調節麻痺をさせる点眼等の各治療が、原告の居住する延岡市内の病院において受診できない治療であることを認めるに足る証拠はないから、結局、福岡大学病院及び九州大学付属病院での治療を受けるための交通費、宿泊費、付添い費等は、いずれも本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできず、通院交通費は、延岡市内において治療を受けるに必要な、前記の交通費が認められるに過ぎないといわざるをえない。

3  入院雑費 金二八万八〇〇〇円

前記一1のとおり、原告は、昭和六二年三月四日から同年一二月一六日まで合計二八八日間入院したが、この間の入院雑費は、一日あたり金一〇〇〇円が相当であるから、二八八日で金二八万八〇〇〇円となる。

4  休業損害 合計金六一七万四〇二四円

(一) 入院による休業損害

証人深草幸輝の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時、夫である深草幸輝及び夫の父である同深草泉の経営する輪島美術漆器商会に勤務して、その営業の一部を担当するとともに、主婦として家事及び事故当時一歳八か月の長男の育児をしていたが、入院治療を余儀無くされたことにより、全く労働に服することができなくなつたことが認められ、その間の休業損害は、昭和六二年の賃金センサスによる三〇歳、女子、短大卒の平均給与額金三二六万〇三〇〇円に基づき、入院治療日数二八八日分金二五七万二五一〇円とするのが相当である。

(二) 通院による休業損害

甲第一〇号証、第一一号証の一ないし三、証人深草幸輝の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は、甲斐整形外科医院を退院した後も、同医院にほぼ毎日通院し、その外に月二回程度前田眼科医院に通院していること、通院中も、矯正視力が低下したことから、自動車の運転及び伝票発行、帳簿付け等の輪島美術漆器商会の業務を全くすることができず、眩暈、シビレ、疼痛などの症状により、家事、育児も相当程度制限されていることが認められ、右事実によれば、通院期間中の労働の制限による損害は、前記(一)の平均給与額の四五パーセントを下らないというべきであり、通院治療日数を昭和六二年一二月一七日から平成二年五月三一日までの八九六日とすると、その損害額は、金三六〇万一五一四円となる。

5  後遺障害逸失利益 金一一六五万四九二〇円

(一) 後遺障害の程度

(1) 鑑定人高岸直人及び同向野利彦の各鑑定の結果及び各証言によれば、鑑定人高岸直人は、前記一2(一)の左胸郭出口症候群、バレリユー症候群、頸椎不安定症の疾患は、自動車損害賠償保障法施行令別表九級一〇号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当程度に制限されるもの」に該当し、左肩拘縮の疾患は、同表一二級六号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」に該当すると判断し、また、右疾患のうち、左肩拘縮及び左胸郭出口症候群は、筋力強化訓練等によつて症状の好転が可能であるが、バレリユー症候群については、症状が直ちに好転することは困難であると判断していること、鑑定人向野利彦は、前記一2(三)の調節不全麻痺及び調節痙攣の疾患は、同表一一級一号の「両眼の眼球に著しい調節機能障害又は運動障害を残すもの」に該当すると判断し、また、調節不全麻痺及び調節痙攣の調節障害自体については、治癒の見込みがないと判断していること、原告のバレリユー症候群の症状は、通常に比べてかなり重いこと、以上の事実が認められ、右事実によれば、原告の本件事故による後遺障害の程度は、右各障害を併せて、自動車損害賠償保障法施行令別表八級の後遺障害に相当するというべきである。

(2) これに対し、被告らは、鑑定人高岸直人は、鑑定において、原告のバレリユー症候群は、交感神経ブロツク等によつて症状を好転せしめうると結論付けていたのに、その後の証人尋問の証言において症状の好転について否定的になつているが、鑑定結果の方を採用するべきである旨主張する。しかし、鑑定人高岸直人証言によれば、鑑定人高岸直人は、原告に対して交感神経ブロツク注射を行つたところ、数日間、原告の右症状の消失、軽快が見られ、また、交感神経ブロツク注射によつて交感神経の興奮状態が恒久的に治まり、バレリユー症候群の症状が、好転する症例もあるので、鑑定の結論を下したが、鑑定終了後も継続して原告に対して治療を行つた結果、交感神経ブロツク注射の効果が数日間しかもたないことから、証人尋問時における見解の変更となつたことが認められるから、この点については証人尋問時の同鑑定人の見解を採用するべきである。

また、被告らは、自動車損害賠償保障法の後遺障害として九級以上が認定されるためには、中枢神経系である脳や脊髄の器質障害の存在が認められる必要があるから、神経学的所見のみによつて、原告の左胸郭出口症候群、バレリユー症候群、頸椎不安定症の疾患につき九級一〇号に該当するとした鑑定結果は、相当ではない旨主張するが、神経系統の後遺障害について、自動車損害賠償保障法施行令別表九級一〇号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当程度に制限されるもの」に該当するか、それとも同表一二級一二号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当するかについても、個々具体的な症例に応じて判断するべきであり、前記(1)のとおり、原告のバレリユー症候群の症状は、通常に比べてかなり重いのであるから、鑑定人高岸直人が総合的な所見によつて、原告の神経系統の障害につき九級一〇号に該当するとした鑑定結果に不相当な点はないというべきである。

(二) 労働能力喪失期間

自動車損害賠償保障法施行令別表八級の後遺障害がある場合、労働能力の喪失割合は、四五パーセントが相当である。

そして、本件のような、鞭打ち損傷よる神経系統の障害の場合、経験則上、期間の経過により症状の改善が期待できるというべきところ、鑑定人向野利彦は、証人尋問において原告の調節機能の障害自体は、ほとんど回復しないが、調節障害に順応することによつて、矯正視力が改善し、日常生活の支障がなくなつていく可能性を指摘しており、また、鑑定人高岸直人も、証人尋問において、原告の神経系統の障害によつて服することのできる労務が制限される状態は、三年ないし五年ではなくならないと証言するが、それ以上の期間にわたつて労務が制限される状態が継続するとまでは証言していないことに鑑みると、労働能力の喪失期間は、症状固定時から一〇年間とするのが相当である。

(三) したがつて、昭和六二年の賃金センサスによる三〇歳、女子、短大卒の平均給与額金三二六万〇三〇〇円に基づき、新ホフマン式計算法によつて中間利息を控除して、原告の後遺障害による遺失利益を求めると、次の算式のとおりとなる。

三二六万〇三〇〇円×〇・四五×七・九四四≒一一六五万四九二〇円

6  慰謝料

(一) 入通院慰謝料 金五五〇万円

原告は、前記一1のとおり、甲斐整形外科医院に約九か月間入院し、その後最終的な症状固定日である平成二年五月三一日まで、約三〇か月間通院しているが、入院慰謝料は、金二五〇万円が相当である。

(二) 後遺障害慰謝料

原告には、自動車損害賠償保障法施行令別表八級の後遺障害が認められるが、前記5(二)のとおり、右後遺障害は、期間の経過により症状の改善が見込まれることに鑑み、後遺障害に対する慰謝料は、金三〇〇万円とするのが、相当である。

四  原告の体質的素因の競合

1  前記一2(一)のとおり、原告には、首が長く、多少の頸椎不安定症が存在していたという体質的素因があつたところに、本件事故による損傷が加わつて、左胸郭出口症候群やバレリユー症候群の疾患を生じたというべきであり、また、甲第一五号証によれば、頭頸部外傷症候群による眼症状は、バレリユー症候群によるものが多いことが認められるから、矯正視力の低下及び調節障害の疾患についても、原告の右体質的素因が寄与していると推認することができる。

2  このように交通事故と被害者の体質的な素因が競合して、被害者の疾患が、生じている場合には、被害者に生じたあるいは生じうる損害を全部加害者側に負担させることは、公平の理念に照らし相当ではなく、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、本件事故による原告の損害のうち六割の限度で被告木之下及び同エフピコ両名に負担させるのが相当である。

3  したがつて、前記三において認定した損害額合計金二四四一万七三三四円の六割に相当する金一四六五万〇四〇〇円(一円以下切捨て)が、被告木之下及び同エフピコが負担すべき損害額というべきである。

五  弁護士費用

原告が、本訴の提起と追行を弁護士である原告訴訟代理人らに委任したことは、当裁判所に顕著であるところ、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、金一〇〇万円とするのが相当である。

六  鑑定に応ずるために原告が支出した費用

1  甲第二〇号証の一ないし五七、同号証の七〇ないし七七、第二一号証の一ないし一〇、同号証の一三ないし一六、同号証の一九、二〇、第二二号証の一ないし五、証人深草幸輝の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、鑑定人高岸直人及び同向野利彦の各鑑定に際し、裁判所に鑑定費用として予納した金額を除いて、医療費として合計金一四万五六〇〇円を支出したこと、また、各鑑定人のもとに出頭するために、付添人の費用も含めて、旅費として合計金一〇一万九八七〇円、宿泊費として合計金四四万二一五六円の支出をしたことが認められる。

2  鑑定をするについて必要な医療費等の費用は、民事訴訟費用等に関する法律一八条二項によつて、鑑定人が、裁判所に対して請求することができるが、予納手続によらずに当事者が直接鑑定人等に支払つた場合には、同法二条二号の費用には該当せず、訴訟費用とはならないから、訴訟費用確定手続によることなく、本訴によつてこれを請求することができると解せられる。

また、鑑定人が、鑑定の必要から、当事者を呼び出した場合の、旅費、宿泊費は、同法二条四号の「口頭弁論その他裁判所が定めた期日に出頭するための旅費、宿泊費」には該当しないから、訴訟費用にはならず、同様に、本訴によつてこれを請求することができると解される。

そして、本件事故で原告が受傷したことによつて、鑑定が必要となつたということができるが、鑑定に応ずるための右各費用は、訴訟費用とはならないものの、これに準じて取り扱うべき費用であるから、訴訟費用の負担の割合に鑑み、前記医療費、旅費、宿泊費の合計金一六〇万七六二六円の四分の一である、金四〇万一九〇六円(一円以下切捨て)をもつて、本件事故と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

七  以上のとおり、前記四の金一四六五万〇四〇〇円に、五の弁護士費用金一〇〇万円、前項の金四〇万一九〇六円を加えた合計金一六〇五万二三〇六円が、被告木之下及び同エフピコが負担すべき金額であるが、甲斐整形外科医院の治療費の外に、被告らが原告に対し、本件事故の損害賠償として金四七二万円を支払済みであることは、当事者間で争いがないから、結局、右両名が負担すべき金額は、金一一三三万二三〇六円となる。

八  被告住友に対する請求

1  被告エフピコと被告住友との間で締結されていた自動車保険の約款である自家用自動車保険約款(PAP)一章六条一項には、自動車事故による損害賠償請求権者は、保険会社が、被保険者に対しててん補責任を負う限度において、保険会社に対して、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額を請求することができる旨の規定があり、同二条二項一号には、保険会社は、被保険者と損害賠償請求権者との間で、損害賠償債権についての判決が確定したときに、右損害賠償の額を支払う旨の規定があることは、いずれも当事者間に争いがなく、右規定によれば、被告住友は、債務引受によつて被告エフピコが原告に対して負担する損害賠償金の支払義務を原告に対して負い、被告住友にとつてその履行期は、被告エフピコと原告との間で、本件損害賠償債権についての判決が確定したときと解すべきである。

2  したがつて、原告の被告住友に対する請求は、将来の給付を求める訴えとして、あらかじめこれを請求する必要がなければならないが、被告住友に対する損害賠償請求権が、被告エフピコに対する本判決確定と同時に履行期が到来することは前記のとおりであるところ、被告住友及び同エフピコにおいて、いずれもそれぞれの損害賠償義務を争つているから、右請求は、あらかじめする必要があると解して妨げないというべきである。

(裁判官 中山幾次郎)

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